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​Prologue 

かわいそうな女神様の話

むかし、あるところにエレスセリアという女の子がいました。

 

女の子のお母さんの名前はエルテラ。それは、カルムという国で自由を司る たいへんえらい神様でした。

エルテラは自由の女神様ですから、なんだってつくることができます。そして、娘のエレスセリアもその神様の力を受け継いで、さまざまなものをつくりだすことができました。

 

それはたとえばお花の咲き乱れる夢のような楽園だとか、かわいらしいお人形のおうちだとか、一筋の光さえあればなんだって作れるのです。ただひとつ、命あるものだけはつくることができませんでしたが、それでも女神様は幸せでした。

なぜならこのカルムという国はまさに彼女の望んだ楽園で、美しいお花、青い空、さらさらと流れる小川、やさしい動物たち、そのすべてが揃っていたのですから。

エレスセリアは、幼いながらも自由と自然を愛する、みんなの女神様だったのです。

 

 

 

生意気な小娘にプライドを傷つけられたと、フマンは怒りに任せて、エレスセリアを森の洞窟に閉じ込めてしまいました。

 

そこは、無限に広がる冷たい闇の世界。エレスセリアはいみもわからず叫びました。ここから出して、と。

しかし、その声が誰かの耳に届くことはありませんでした。なにしろここは深い森の奥、入り口すらわからないような洞窟なのです。

自分よりも強い力で封印された女神様に、なすすべはありませんでした。

彼女の愛した草花、青空、太陽、小川、そして自由までもが、すべて失なわれた悲しい世界。目を開けても、閉じても、その瞳にはなにも映りません。

かわいそうなエレスセリア。彼女はくる日もくる日も泣き続けて……ある日、ぱたりと泣くのをやめたかと思うと、それっきり動かなくなってしまったのでした。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

そして可愛らしい金のドアノブに手をかけた、その次の瞬間。なんと不思議なことに、その体はあっというまに 後ろに弾き飛ばされてしまいました。

かの悪魔の力とは、酷いものでした。どんなにエレスセリアがすばらしい力を使えたとしても、彼女にかけられた呪いそのものは解けなかったのです。幸い けがはなかったものの、また振り出しに戻ってしまい、女神様は悲しくなりました。

 

ところが、つらい現実を突きつけられたにもかかわらず 女神様はこのとき、ある素敵な考えをひらめきました。

 

「……そうだわ。ここから出ることが許されないのならば、いっそ作ってしまいましょう。作ればいいのよ、私の世界を!」

 

そうして作られたのは、いつか彼女が夢に見た楽園そのものでした。

花畑が野原いっぱいに広がるこの美しい世界を、誰が洞窟だなどと思うでしょうか。

ところがあるとき、人の姿をした悪魔「フマン」が現れました。彼はエレスセリアを一目見て気に入り、自分のお嫁さんにしようと企んだのです。

このフマンという男は醜く、身勝手な性格でしたが、誰よりも強い力を持ち、自分に逆らうものは許さないというたいへん恐ろしい男でした。ですから動物たちは彼を恐れて、彼がどんなに悪いことをしても、なにも言えずにいたのです。

しかし、そんな話を知る由もなかったエレスセリア。彼女は悪魔からの突然の求婚に驚いて、思わず言い放ちました。

 

「一体誰が、あなたのような醜い人のお嫁さんなんかになろうというの!

わたしはわたし。この自然の中で自由に生きるわたしは誰のものにもならないわ。」

 

それを聞いたフマンは大激怒。その瞬間、彼にとって愛しい女神様であったエレスセリアとは、その声すら聞きたくない、いまいましい存在になりはてたのです。

 

 

それから何百年もの時が経ち、ある日女神様は、頬に水が滴り落ちる感触に目を覚ましました。見れば、高い天井からうっすらと一筋の光が差し込んでいたのです。

それは小さな小さな光でしたが、エレスセリアの胸は希望に満ちあふれました。この光を、どれだけ待ったことでしょう、と。それは眩しいほどの光に思えました。

 

早速この光を頼りに、女神様は灯りを作り出しました。これで出口を探せば、きっと外に出られるはずです。しかし、ただひとつ見つけられた入り口らしき場所は いくつもの岩で封鎖されており、とても外に出られる様子ではありません。

それならばと女神様は、すかさずそれらの岩をまとめて、ひとつの扉へと作り変えてしまいました。

 

「さあ、もう私を邪魔するものはないわ。」

 

何百年ぶりに浴びるであろう あたたかい日の光を期待して、女神様の心は躍ります。

そこでは小川がせせらぎ、木々は風に歌い、空は青く澄みわたり、小さな太陽の光が、美しく作られたすべてを優しく照らすのです。

 

やがてそこには、1年が12ヶ月であることに則って、12人の従者が暮らすようになりました。

女神様は言いました。幸せに満ちた世界で、彼らは永遠に生き続けるの、と。

 

「変化とは、おそろしいものだから。」

 

どんなに綺麗な花でもいつかは枯れてしまうように、幸せが永遠ではないことを、彼女は知ってしまいました。

ですから変わることを恐れて、世界の時間を止めたのです。女神様が本当に欲しかったのは、変わらない幸せでした。

 

美しい花は咲き続けて、

水は枯れることなく巡り続けて、

そして、終わりのない愛は、呪いのようにそこにありつづけるーー

「果たしてそれは、本当に幸せな事?」

 

その答えは、まだ誰にも分かりません。

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