
4月の追福
妹を思う姉の話
むかし、アプラという国に1人の女の子がいました。
その女の子は名前をクラリスといい、肩で切りそろえられた金色のおかっぱ頭に、オレンジ色と水色のオッドアイを持つ、すこし気が強い羊の少女でした。
クラリスには、愛しい双子の妹がいました。妹の名前はアリス。長くカールした美しい金髪に、水色とオレンジ色のオッドアイを持つ、かわいらしい女の子です。
その性格は対照的で、クラリスが強気でやや男勝りであるのに対し、アリスは夢見がちでのんびり屋であるなど、それはすこし変わった双子の姉妹でしたが、お互いのことをとても愛していました。
彼女たちはアプラの都市部に生まれ、優しく穏やかな両親の下で、すくすくと何不自由なく暮らしてきました。
ところがあるとき、国家間での争いが激しくなり、いわゆるヒトガタへの風当たりが強くなってきたのです。
ある夜、アリスは言いました。
「ねえさま。わたし、とても怖いの。いつかこの幸せな毎日に終わりがやってくるんじゃないかって思うと。」
クラリスは彼女を優しく抱きしめて答えます。
「大丈夫だよ、アリス。ただ、私も不安ではある。いつかお前を抱きしめられなくなる日が来るんじゃないかと。」
「ねえさま……。」
このまま都市部にいては危ない、と、一家は引越しを決意しました。ある路地裏に一軒のちいさなちいさなアパートに。ここならば、また今まで通り平和に暮らしていけると思ったのです。
ちいさなアパートぐらしは快適でした。クラリスとアリスには、ジェナとイノセンス、それからドロシーやミッチェルという大勢の仲間ができましたから。クラリスはすこし人見知りをしましたが、同年代の子供たちが集まるアパートは楽しく、戦争のつらさを忘れさせてくれるのでした。
クラリスはこう言いました。
「アリス。ここにいればきっと、私たちはこの戦争をやり過ごせる。永遠に続く幸せなど存在しないかもしれないけど、永遠に続く不幸だって、きっと同じように存在しないはず。
世界は移ろい変わってゆくだろうけど、私はなにがあってもお前を守り続ける、お前のただ一人の姉でありたい。」
姉妹は幸せでした。嬉しいときも悲しいときも、誰より大切な家族がそばにいてくれたからです。
ところがあるとき、二人は聞いてしまいました。「ヒトガタを、一人残らず排除せよ!」という恐ろしい放送を。
その次の日からはじまった隠れ家生活は、ひどく不自由なものでした。外に出ない、電気はつけない、ごはんは知り合いの農家の人たちから分けてもらった分だけ。
それでも二人は信じていました。幸せは永遠ではないかもしれないけれども、つらいことや悲しいことだって永遠ではないということを。
やがて、アプラでの隠れ家生活は続けられないと踏んだ家族たちは、カルムに亡命することになりました。亡命が決まったその日クラリスは、アリスに聞きました。
「……怖いか?不安そうな顔をしている。」
アリスは答えました。
「ええ。ねえさま。わたしとっても怖いの。変わるということが。」
なんでも、自分たちをとりまく環境が、めまぐるしく変わっていくことがおそろしいのだと言います。永遠の幸せなど存在しない。けれどもそれが分かっていても、わたしたちはそれを追い求めてしまうと。
「……ずっと、あの幸せが続けばいいと思っていたわ。あの時と変わらない暮らしが、毎日が、続けばいいのにと。」
あの日、というのは、家族となに不自由なく暮らしていた日々や、皆で遊んだ楽しい日々のことでしょう。
「……そうだな。変わらないこととは、幸せなことなのかもしれない。」
と、クラリスは呟き、続けました。
「けれども私たちは子供のままではいられない。なにもかも移り変わっていき……そうして大人になっていく。きっと、そういう風にできてるんだ。
それでも、私はお前を守る姉であり続ける。それだけは変わらない。」
「ああ、ねえさま。」
共に生きて、大人になろう。と。
アリスはクラリスに抱きつき、クラリスはアリスを強く抱きしめました。世界が変わっても、二人の愛が変わることはないと信じて。

しかし、カルムにたどり着いた彼女らに待っていたのは、地獄のような仕打ちでした。
カルム北部の切り立った崖の上、どこからかアリスの悲鳴が聞こえます。
「アリスはどこだ!!アリス!」
縄で縛られたクラリスは立ち上がり叫びましたが、彼女らを裏切った動物の一人に殴られ、地面に突っ伏してしまいました。
「くそっ!」
それでもなお、愛しい妹の名を呼び続けるクラリス。何度殴られても、抵抗をやめなかった彼女は次第にボロボロになってゆきました。
「ア、リ、ス……!」
すると、しばらくして彼女の縄が外されました。アリスを助けようと、ふらふらしつつも即座に起き上がったクラリス。
そんな彼女の目の前に、男たちに乱暴されてボロ雑巾のようになったアリスが転がされたのです。
「ああああああああああ!!!!」
アリスを守れなかった、と、すべてを理解したクラリスは、発狂しました。
「アリス!アリス!!返事をしろ!!ああああああああ!!!!アリス!!」
光の宿らない瞳から涙を流すアリスの身体を揺さぶり、クラリスは叫び続けます。
あの日の約束を果たせなかった、と。妹を守る姉であり続けると、そう誓ったはずなのに。
そうしてどこからか「うるせえよ」という男の声がしたかと思えば、彼女は身体に強い衝撃を受けて、アリスの上に倒れ込みました。
その最期のときまで、彼女は愛しい妹の身体を抱きしめて、息を引き取りました。