
12月の追福
姉を慕う妹の話
むかし、アプラという国に1人の女の子がいました。
その女の子は名前をアリスといい、長くカールした美しい金髪に、水色とオレンジ色のオッドアイを持つ、かわいらしい羊の少女でした。
アリスには、頼れる双子の姉がいました。
その女の子は名前をクラリスといい、金色のおかっぱ頭に、オレンジ色と水色のオッドアイを持つ、すこし気が強い女の子です。
その性格は対照的で、アリスが夢見がちでのんびり屋であるのに対し、クラリスは強気でやや男勝りであるなど、それはすこし変わった双子の姉妹でしたが、お互いのことをとても愛していました。
彼女たちはアプラの都市部に生まれ、優しく穏やかな両親の下で、すくすくと何不自由なく暮らしてきました。
ところがあるとき、国家間での争いが激しくなり、いわゆるヒトガタへの風当たりが強くなってきたのです。
ある夜、アリスは言いました。
「ねえさま。わたし、とても怖いの。いつかこの幸せな毎日に終わりがやってくるんじゃないかって思うと。」
クラリスは彼女を優しく抱きしめて答えます。
「大丈夫だよ、アリス。ただ、私も不安ではある。いつかお前を抱きしめられなくなる日が来るんじゃないかと。」
「ねえさま……。」
このまま都市部にいては危ない、と、一家は引越しを決意しました。ある路地裏に一軒のちいさなちいさなアパートに。ここならば、また今まで通り平和に暮らしていけると思ったのです。
ちいさなアパートぐらしは快適でした。クラリスとアリスには、ジェナとイノセンス、それからドロシーやミッチェルという大勢の仲間ができましたから。同年代の子供たちが集まるアパートは楽しく、戦争のつらさを忘れさせてくれるのでした。
アリスはこう言いました。
「ねえさま。わたしたち、ずっとここで暮らしていけるのかしら。永遠に続く幸せなど存在しないかもしれないけれど、悲しみも永遠ではないことをわたしたちは知っている。
でも、わたしこのままずっと、なにも起こらなければいいのにと思ってしまうの。
世界は移ろい変わってゆくかもしれないけれど、わたしはねえさまをお慕い続ける、あなたのただ一人の妹でありたい。」
姉妹は幸せでした。嬉しいときも悲しいときも、誰より大切な家族がそばにいてくれたからです。
ところがあるとき、二人は聞いてしまいました。「ヒトガタを、一人残らず排除せよ!」という恐ろしい放送を。
その次の日からはじまった隠れ家生活は、ひどく不自由なものでした。外に出ない、電気はつけない、ごはんは知り合いの農家の人たちから分けてもらった分だけ。
それでも二人は信じていました。幸せは永遠ではないかもしれないけれども、つらいことや悲しいことだって永遠ではないということを。
やがて、アプラでの隠れ家生活は続けられないと踏んだ家族たちは、カルムに亡命することになりました。亡命が決まったその日クラリスは、アリスに聞きました。不安そうな顔をしている。怖いことでもあるのかと。
アリスは答えました。
「ええ。わたし、自分たちをとりまく環境が、めまぐるしく変わっていくことがおそろしくて。
永遠の幸せなど存在しない。けれどもそれが分かっていても、わたしたちはそれを追い求めてしまうわ。」
ずっと、あの幸せが続けばいいと思っていた。あの時と変わらない暮らしが、毎日が、続けばよかったのに。そう、続けます。
「そうだな……。」
クラリスは呟きました。変わらないこととは、幸せなことなのかもしれないと。
けれども私たちは子供のままではいられない。めまぐるしい変容を経験して、そうして大人になっていくのだと言いました。
「ああ、ねえさま。
たとえばわたしたちがいくら抵抗をしても、花が枯れるように、水がいつか絶えるように、子供が大人になるように、変わることからは、逃れられない。けれども、だからこそ"いま"が輝くのね。
ただ、なにがあっても、わたしはねえさまを慕い続ける。それだけは変わらないわ。」
共に生きて、大人になりましょう。と。
アリスはクラリスに抱きつき、クラリスはアリスを強く抱きしめました。世界が変わっても、二人の愛が変わることはないと信じて。

しかし、カルムにたどり着いた彼女らに待っていたのは、地獄のような仕打ちでした。
「お前可愛いな。ちょっと来い。」
そう言われて強引に姉と引き離されたアリスは、崖からすこしはなれた草むらで服を切り裂かれて乱暴されました。
「アリス!!」
どこからか、愛しい姉が呼ぶ声が聞こえます。アリスはここにいますと助けを求めたいのに、口をついて出てくるのは悲鳴ばかり。何度も何度も抵抗しようとしましたが、すべては無駄に終わるのでした。
そうして彼女は全身の痛みに、次第に考えることをやめ、その瞳からは光が消えてゆきました。
「ああああああああああ!!!!」
それからしばらくして、担ぎ運ばれ、地面に落とされたと気付いたとき、姉の絶叫が聞こえました。濁った瞳に姉の顔は映らず、ただただ狼狽する声だけが耳に届きます。
「アリス!アリス!!返事をしろ!!ああああああああ!!!!アリス!!」
もう、返事をする体力も残されていませんでした。傷ついた身体で、まるで魂が抜けたように地面に横たわると、姉と自らの言葉を思い出していました。
『なにがあっても、お前を守り続ける』
『なにがあっても、あなたを慕い続ける』
その言葉に、嘘偽りはなかったはず。そうして姉に手を伸ばした瞬間。どこからか「うるせえよ」という男の声と銃声が上がり、クラリスが倒れ込んできました。
しかし、その最期のとき、姉に抱きしめられたのがわかったのです。アリスは微笑むと、姉とともに撃たれ、静かに息を引き取りました。