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2月の追福

叶わぬ恋をした乙女の話

むかし、アプラという国に1人の女の子がいました。

 

その女の子は名前をドロシーといい、焦げ茶色のおさげ髪に、紫色の瞳を持つ、非常にかしこい犬の少女でした。

 

 

彼女の両親は非常に教育熱心で、娘によりよい教育を受けさせるために、アプラのちいさな田舎町から都市部に引っ越してきたのです。

ところがそのとき、国家間での争いが激しくなり、いわゆるヒトガタへの風当たりが強くなってきてしまいました。

どうしたものかと頭を悩ませる一家は、ある路地裏に一軒のちいさなちいさなアパートを見つけます。ここならば、風をしのげるかもしれない。そうしてドロシーたちは、そのアパートへとやってきたのでした。

 

 

ちいさなアパートぐらしは快適でした。ドロシーは、ジェナと、イノセンスというふたりの友達に恵まれ、とりわけおとなしいイノセンスとは仲が良かったのです。

家から出られないイノセンスに、勉強を教えるのはきまってドロシーでした。彼女に感謝されるたび、顔が近づくたび、その手が、身体が触れるたび、胸がドキドキして、それはもう、心が踊るようでした。とっても嬉しいと感じたのです。

そうしてドロシーは成績を上げました。ドロシーの両親はもちろん、イノセンスの両親までもが大喜び。そう、両親は気づいていませんでした。彼女が勉強に勤しんでいたのには、不純な動機があったことなど。

 

 

ところがあるとき、イノセンスの部屋を訪ねた彼女は衝撃の光景を目にしました。

ジェナとイノセンスが、キスをしていたのです。

ドロシーは、逃げるように彼女の家を後にすると、自分の部屋に篭りました。

胸のドキドキが、鳴り止みません。しかし、いつものドキドキとは違い、ひどく不快感を伴ったそれはまるで、胸をしめつけてくるようでした。

そうしてこのときはじめて彼女は、イノセンスに恋をしていたのだと気付きます。

 

「ああ、どうして、どうして……!」

 

ジェナと、イノセンス。二人の愛の絆は深いものでした。明くる日ジェナに聞いてみれば、幼い頃からずっと一緒に助け合って生きてきたのだそうです。

 

「マイとは、ずっと一緒。いままでも、これからもね。」

 

その言葉は、まるで最初から自分の入る隙間などなかったかのように思えて、

 

「……実は、16歳になったら、マイにプロポーズするつもりなの!ドロシーにだから言えるけど、みんなにはひみつよ?」

 

ドロシーは、恋を諦めるほかなかったのでした。このとき彼女の通う学校に、ヒトガタが出入りできなくなったのは、不幸中の幸いだったかもしれません。

なぜならば、もう勉強をする気になどなれなかったからです。ずっと通い続けていれば、親に気づかれてしまいましたから。なにがあったのかと。

親になど、言えるはずもありませんでした。自分は恋をしていて、その相手は自分と同じ少女で、実るはずのない恋だったなどと。

 

 

 

 

ところがそんなあるとき、彼女の部屋をイノセンスが訪ねてきたのです。聞くに、ここ数日姿を見ないから、心配していたのだそうで、

 

「なにか、あった……?」

 

そう言って、顔を近づけてきます。

その言葉が、その行為が、ドロシーを喜ばせると同時に傷つけているなど、イノセンスは知らないのでしょう。

 

「な、なんでもありません。少し身体の調子が、悪かったので……。」

 

彼女が自分に振り向いてくれたら、きっとどんなに幸せだろうと思いを巡らせたことがありましたが、なにをどう考えても、ジェナから彼女を奪うことなどできませんでした。イノセンスという儚く弱い女の子を幸せにできるのは、ジェナしかいない。そう思いましたから。

そんなことを考えていると彼女の目をまともに見ていられず、すこしだけ視線をそらすと、彼女はドロシーの頭を撫でてきました。

 

「無理は、しないで。あなたは頑張りすぎてしまうから……。いつも、ありがとう。」

 

その手をにぎる勇気があれば、なにかが起きたのかもしれません。

 

「……マイ。」

 

ふと、ジェナがイノセンスを呼ぶときだけの特別な名前をつぶやきました。

自分も、彼女のことをその名前で呼んでみたかったのです。

 

「……えっ?」

「なっ、なんでもありません。」

 

それでもドロシーには、手を取る勇気も、いまを変える勇気も、大きな声で名前を呼ぶ勇気もありませんでした。

 

「……こちらこそ、ありがとうございます。」

 

今はただ、彼女に貰い受けるちいさな幸せを噛み締めるばかりで、叶わないと分かっていても、自分はこの人を愛しているんだと、あらためて思い知るのでした。

それからしばらくして、ドロシーは、今度はイノセンスの腕の中に居ました。

ただ、普段と違うのは、腹部に鋭い痛みを感じるということでしょうか。

 

「ドロシー!あ、ああ、どうして……」

 

民族浄化が始まり、あのアパートに住んでいた家族たちは、ジェナを残してカルムに亡命しました。ところがその先で騙され、皆、ひどく残酷な殺され方をされてしまったのです。最後に残されたのがイノセンスとドロシーでしたが、彼女たちも例外ではありませんでした。

殴る、蹴るの暴行を加えられて動けなくなった自分と、同じように体力を奪われて動けないイノセンス。

 

「あなたが、すき……でした、から……。」

 

肌をぼろぼろにしたイノセンスが崖っぷちに座らされ、いまにも射ち殺されんとしたとき、最後の力を振り絞って、ドロシーは彼女を庇ったのです。

 

「……マイ。あ、い、し、て……」

 

涙を流してドロシーを抱きしめるイノセンス。それは遅すぎた、それも一方的に過ぎない告白であったかもしれませんが、ドロシーは幸せでした。そうして大好きな人の腕の中、もう一発の銃弾を受けて、彼女はこときれたのでした。

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